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ウイグルの人権活動家 日本に訴え
ラビア・カーディルさんの講演 / 2007/11/21 大阪

ウイグルの人権活動家 日本に訴え
http://www.news.janjan.jp/world/0712/0712227716/1.php

(抜粋)
 私の民族の名前はウイグル族。祖国の本来の名前は東トルキスタンです。1949年、中国に侵略されました。ソ連に侵略された西トルキスタンの諸民族は、ソ連が解体したときに独立しましたが(カザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタン)、私たちは50年以上、中国共産党の侵略の下で暮らしています。

 私たちは、自分たちの独自の言語や文字、文化、歴史を持っています。本来なら、自分たちの祖国や文化が持てるはずです。

 中国が侵略してきたとき、現地の漢族は人口の2%程度、軍人とその家族だけでした。彼らが「新疆ウイグル自治区」を立ち上げました。1954年には、ウイグルの中でお金や土地を持っている人を、「西洋主義」というレッテルを貼って逮捕しました。1957年には、知識人や宗教指導者に、今度は「民族主義」というレッテルを貼って逮捕しました。

 私はアルタイという町の商人の家庭で生まれ、平和な暮らしをしていました。けれど、政府は、集中的に住んでいたウイグル人をあちこちに移動させる政策を取りました。毎日のようにトラックが来て、近所の人をあちこちに連れて行きました。私の家の前にも、ある日、トラックが来て停まりました。どこに行くのかや、何のために行くのかも知らされずにトラックに乗せられ、タクラマカン砂漠の中の町に移住させられました。当時、私は13歳でしたが、教育の場も、近所の人も、生まれ育った故郷も失いました。

 中国共産党の侵略の結果、ウイグル人は経済力も、教育も、独自の文化も、宗教的な価値観も失いました。そのことに不満を言った人々は、みな「民族主義者」として処罰されました。

 1978年に改革開放政策がはじまり、私は商売を始めました。私の商売は成功して、中国の十大富豪の中の7番目にまでなりました。私はそのお金で学校を開き、奨学金も出して、ウイグル族の教育のために努力しました。しかし、ウイグル族を救うにはいたりませんでした。

 そこで、私は次に、政治の世界に入りました。当時、私は有名人だったので、全国の政治協商会議の委員にもなれました。鄧小平や江沢民の前でも演説して、ウイグル人に、教育・経済・文化の面で平等な発展を与えるよう訴えました。当時は、私は、北京の中央政府がウイグルの現地の悲惨な状況を知らないことに問題があるのだと考えていたのです。
 しかし、ソ連が崩壊したときに西トルキスタンの諸民族が次々に独立したこと対して中国は危機感を抱き、むしろ体制を厳しくしたのです。1997年、グルジャという町で、1万人を越す人が自由や平等を求めてデモをしました。手に武器を持った人はおらず、平和的なデモでした。しかし、中国は軍隊で鎮圧しました。その場で407人の人が殺され、逮捕者は6万人を越えました。デモに参加した人の家族や友人まで逮捕したからです。しばらく経ってから、トラックで引き回したうえでの公開処刑がおこなわれました。当時、私や欧米の記者たちも現地調査に行きましたが、捕まってしまい、結局、国際社会は何もしてくれることはできませんでした。

 1987年以降は、計画出産の政策によって、ウイグル人の人口が減らされました。その代わりに、ウイグルには大量の漢人が移住しているのです。私たちはこの地からだんだん消されていくのではないでしょうか。

 2003年からは、ウイグル族が教育の場で、ウイグル語を使うことも禁止されました。また、2000年から、7-16歳の子どもたちが毎年、数千人、内陸の方に連れて行かれて教育を受けさせられるということもやられています。なぜ、私たちの子どもが、自分の生まれ育った土地で、自分たちの言語で教育を受けられないのでしょうか?

 2006年6月からは、ウイグル族の各家庭から少なくとも1人の娘を、内地に労働に行かせることが義務づけられました。「就職させる」という名目なのですが、数百万人の漢人がこちらに来て就職しているのに、なぜなのでしょうか? 「娘を行かせない」と言った親は、取り締まられました(筆者注:この政策について、ラビアさんは記者会見で、ウイグルの娘たちを低賃金労働者として利用しつつ、彼女たちと漢族の男性との結婚を増やし、ウイグル族を漢民族に同化・消滅させる狙いがあると語っている)。

 また、ウイグルでは核実験が45回以上おこなわれました。すぐ近くに人が住んでいる場所でやるので、数多くの人が死にました。生まれてきた子どもが障害を持っていることも少なくありません。政府は被害者に対して何の対策も、何の医療措置もしていません。政府の内部資料によると、死亡した人の数は70万人です。

 ウイグル自治区は、現在中国で唯一政治犯を死刑に処している地域です。たとえば2004年、現地の政府のトップ・王楽泉は「2004年1-8月に、22の組織のメンバー55人を死刑にした」と言いました。外国のラジオを聞くなど、ちょっとしたことで政治犯にされます。最近は、私たちに「テロリスト」というレッテルを貼るようになりました。

 私の監獄での体験はとても話しきれませんが、そのうち2年間は、光がまったく入らない真っ暗な部屋に入れられました。その監獄から出され、アメリカ大使館に引き渡されたとき、政府から「今後、政治的なことは一切話すな」と言われました。しかし、私は話さずにはいられません。その報復として、私が残してきた子どもたちは投獄されています。
 今、来年のオリンピックを控えて、今年5月から、ウイグル人のパスポートは強制的に回収され、(ウイグルの内情を外国に知られないよう)国外に出さないようにされています。

 私たちの祖国は資源が豊富で、天然ガスや石油が出ます。しかし、それらの資源は剥奪されています。農民の土地も、内陸から来た人に奪われています。

 私は、国際社会が動くまでとにかく訴え続けます。ウイグル人は日本に親近感を持っていますし、日本はアジアで唯一、民主主義が進んだ国です。アメリカやヨーロッパの方が私たちに支持や理解を示してくれています。皆さんを通じて日本の行政にもこの問題に関心を持ってもらい、中国政府に実態の改善をするように圧力をかけていただきたいのです。みなさんの力をぜひ貸してください。
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by yaponluq | 2008-02-24 18:26 | 東突厥斯坦/"新疆"ウイグル
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